「犬の歯磨きをしないとどうなるんだろう」と検索したということは、たぶん今日もできていないんだと思います。僕もそうでした。うちのパフィ(ポメプー・メス・2歳・5.12kg)は今でこそ毎晩3分ほど磨かせてくれますが、最初のころは口に手を近づけただけで逃げられていました。
調べていて手が止まったのが、歯垢が歯石に変わるまでの時間です。2日。思っていたより、ずっと速いんです。そして歯石になってしまうと歯ブラシでは落とせなくなり、選べるのは全身麻酔をかけての処置だけになります。実際に動物病院が公開している料金表を集めてみたら、歯石除去だけで2万円から15万円、抜歯まで入ると25万円まで開いていました。
この記事では、歯磨きをやめた口の中で何がどの順番で起きるのか、それが体のどこまで及ぶのか、そして最後にいくら払うことになるのかを、論文と実際の料金表をあたって書きます。
歯垢は2日で歯石になり、歯ブラシでは落とせなくなる

犬の歯磨きをしないと、まず歯垢がたまります。この歯垢が歯の表面に2日を超えて残ると石灰化して歯石になり、歯ブラシでは落とせなくなります。MSD獣医マニュアルは「2日を超えて歯面に残った歯垢は石灰化して歯石を形成する」と書いています。歯石になったあとに取る方法は、全身麻酔をかけた処置しかありません。
ここが、犬の歯磨きの一番きついところだと思っています。人間なら歯石がついても歯科医院に行けば、椅子に座っているあいだに取ってもらえます。犬はそれができません。じっとしていてくれないので、口の中を器具で触るには眠ってもらう必要がある。つまり歯磨きをサボることは、将来の全身麻酔を1回ぶん買っているのと同じなんです。
日本の記事では「3〜5日で歯石になる」と書かれていることが多いのですが、原典にあたると2日でした。3日目にはもう間に合わないかもしれない、と思っておいたほうがいいです。
歯肉炎までは戻せますが、歯周炎に入ると失った部分は戻りません
順番は決まっています。歯垢がたまる、歯ぐきが腫れる(歯肉炎)、歯を支えている組織が壊れていく(歯周炎)、歯が抜ける。このうち歯肉炎までは元に戻せますが、歯周炎に入ると失った部分は戻りません。MSD獣医マニュアルはこの進み方を4段階に分けています。
| 段階 | 状態 | 歯を支える組織が失われた割合 |
|---|---|---|
| ステージ1 | 歯肉炎だけ | なし |
| ステージ2 | 初期の歯周炎 | 25%未満 |
| ステージ3 | 中程度の歯周炎 | 25〜50% |
| ステージ4 | 進行した歯周炎 | 50%超 |
やっかいなのは、ステージ2以降で起きていることの多くが歯ぐきの下にあって、外から見えないことです。表面がそれほど汚れていなくても、歯周ポケットの中では骨が減っていることがあります。だから飼い主の目視だけで「まだ大丈夫」と判断するのが難しい。
さらに進むと、上あごの奥歯の根が鼻の空間まで抜けてしまうこと(口鼻瘻管)があります。ごはんを食べたあとにくしゃみが出る、鼻水に色がつく、といった形で気づかれることがあり、こうなると外科的な処置が要ります。
3歳の8割という数字は、複数の別々の調査に行き当たりました

「3歳以上の犬の8割が歯周病」という数字は、日本の記事のあちこちで見かけます。出どころを追いかけたら、複数の別々の調査に行き当たりました。数字は少しずつ違います。
| 出典 | 数字 |
|---|---|
| コーネル大学 Riney Canine Health Center | 3歳を超えた犬の80〜90%が何らかの歯周病 |
| MSD獣医マニュアル | 2歳までに最大80%が何らかの段階の歯周病 |
| Glickmanら(2011年・Preventive Veterinary Medicine誌) | 自然に発生する歯周病は犬の75%超に影響する |
一番厳しいのがMSDで、3歳ではなく2歳までと書いています。パフィはちょうど2歳になったところなので、この一行を読んだときは正直ぞっとしました。
ただ、この手の数字は「病院に来た犬の記録」を集めたものなので、健康な犬まで含めた実際の割合とは少しずれます。それでも、8割前後という規模感は複数の独立した情報源で一致しています。少数派の不運な事故ではなく、何もしなければ大半の犬が通る道だと考えたほうが現実に近いです。
体重5kg前後の小型犬が、いちばん歯周病になりやすい
小型犬が歯周病になりやすいのは、なんとなく聞いたことがある方も多いと思います。これには規模の大きい裏づけがあります。アメリカの動物病院チェーンの診療記録300万件超を60犬種・5年ぶんまとめて解析した研究(Wallisら・2021年・The Veterinary Journal誌)で、体重6.5kg未満の犬は、25kg超の犬にくらべて歯周病と診断される割合が最大5倍でした。
同じ研究では、年齢が上がること、太っていること、前回の歯石除去からの時間が空いていることも、リスクを上げる要因として挙がっています。
パフィは5.12kg。ポメプーはポメラニアンとトイプードルのミックス犬なので、両親ともこの体重帯です。つまり、うちの子はいちばん不利なグループのど真ん中にいます。ペットショップでは「成犬で3kgくらい」と言われていたのが結局5kgになったわけですが、体重の話がまさか歯につながってくるとは思っていませんでした。
小さい犬が不利な理由は、顎の大きさに対して歯が大きく、歯と歯の間隔が詰まっているからだと説明されています。この構造の延長で怖いのが顎の骨折です。歯周病で下顎の骨がやせていくと、噛んだ拍子やちょっとした衝撃で折れることがあります。トイプードルやヨークシャーテリアで、両側の下顎が折れた状態で紹介されてきた症例報告が残っています。
小型犬向けのフード選びや体格の話は小型犬のドッグフードの選び方でも触れています。
口の中だけでは終わらない、腎臓のリスクが2.7倍だった調査

歯周病が体の他の場所に響く、という話はよく聞きます。ただ「臓器にダメージ」とだけ書かれていても、どれくらいの話なのかが分かりません。数字が出ている調査があります。
Glickmanら(2011年・Preventive Veterinary Medicine誌)は、歯周病のある犬164,706頭と、年齢をそろえた歯周病のない犬を2002年から2008年まで追跡しました。腎臓病(血液検査に異常が出るレベルのもの)の起きやすさは、歯周病が重いほど上がっていきました。
| 歯周病の段階 | 腎臓病の起きやすさ(歯周病なしを1とした場合) |
|---|---|
| ステージ1 | 1.8倍 |
| ステージ2 | 2.0倍 |
| ステージ3〜4 | 2.7倍 |
年齢・性別・避妊去勢の有無・犬種・体重・通院回数・歯科処置の有無を調整したうえでの数字です。同じ論文は、歯周病が心臓の病変や心内膜炎と関連づけられてきたことにも触れています。
ここは正確に書いておきたいのですが、これは関連が見つかったという話であって、歯周病が腎臓病を引き起こすと証明されたわけではありません。歯ぐきの炎症から細菌や毒素が血流に入ることで腎臓に影響するのではないか、という説明は提案されていますが、仕組みまで確定してはいない段階です。
それでも、16万頭という規模で段階が上がるほど数字も上がっていくというのは、無視しにくい形をしていると思います。口の中の問題として片づけないほうがよさそうです。医療費全般の話は犬の医療費にまとめています。
歯磨きをしないまま歯石がついたら、選べるのは全身麻酔だけです
歯石がついてしまったあとの選択肢は、動物病院で全身麻酔をかけて超音波の器具で削り落とすこと、ひとつだけです。歯ぐきの上だけでなく、歯ぐきの下も一緒に処置する必要があるのがポイントで、これは眠っていない犬には物理的にできません。コーネル大学の解説も、歯ぐきの上下両方の歯面を超音波でスケーリングし、傷んだ歯は抜く、と書いています。
ここで「麻酔をかけずに取ってくれる」という選択肢が目に入ることがあると思います。トリミングサロンやドッグカフェで案内されているものです。ただ、これは避けたほうがいい理由がはっきりしています。
日本小動物歯科研究会は、無麻酔での歯垢・歯石除去について危険だという見解と、併発症をまとめた論文を公開しています。スケーラーという先の尖った器具で歯肉・舌・口の粘膜を簡単に傷つけてしまうこと、暴れたときに顎の骨が脱臼したり折れたりすること、歯の頭が割れること、誤って飲み込んで肺炎を起こすこと、そして痛みの記憶が性格の変化として残ることが挙げられています。アメリカ獣医歯科学会(AVDC)も同じ立場です。
そもそも法律の問題もあります。2024年6月、京都府警は京都市南区のドッグカフェを経営する女性を、獣医師法違反の疑いで書類送検しました。獣医師の免許がないのに、スケーラーを使って客の犬の歯石を取ったというものです。ペットの歯石除去でこの容疑が適用されるのは全国初とみられる、と報じられています。本人は容疑を認めています。
歯石を器具で取るのは、診療行為です。 サロンでの歯磨きサービスと、器具で歯石を削り落とすことは、別物として考えてください。ちなみにうちが通っているトリミングサロンには、そもそも歯磨きのメニューがありません。だから口のケアは自宅でやるしかない、というのが我が家の前提になっています。
相場2〜5万円と言われるが、実際は2万円から7万円超まで

よく「2〜5万円が相場」と書かれていますが、実際に動物病院が自分のサイトで公開している料金を集めてみると、その幅では収まりませんでした。
| 動物病院 | 場所 | 麻酔下の歯石除去の費用 | 含まれるもの |
|---|---|---|---|
| トート動物病院 | 大阪市住之江区 | 犬20,000円〜(税抜) | 術前の血液検査・麻酔代。静脈留置1,500円は別 |
| 北千束動物病院 | 東京都大田区 | 10kg未満58,400円/10kg〜62,800円 | 診察・手術・血液検査・点滴・入院・注射・薬 |
| WITH ANIMAL CLINIC | 東京都渋谷区 | 77,000〜88,000円 | 術前検査8,800円・麻酔13,200〜19,800円・歯石除去44,000円・術後入院11,000円 |
| 横浜どうぶつ歯科 | 横浜市 | 80,000円+麻酔20,000円(5kgまで) | 歯科レントゲンを含む精査とスケーリング |
| けいはんな動物病院 | 京都府精華町 | 100,000〜150,000円 | 術前検査を含む |
同じ「歯石除去」という言葉で、20,000円から150,000円まで開いています。安い高いの話ではなく、含まれているものが違うんです。歯科用のレントゲンを撮るかどうかで、見えていない歯ぐきの下の状態が分かるかどうかが変わります。金額だけ横に並べても比べられないので、見積もりをもらうときは「レントゲンは含まれますか」「抜歯が必要になったら追加でいくらですか」の2つを聞くのがよさそうです。
そして、抜歯が入ると桁が変わります。
| 処置 | 費用 |
|---|---|
| 抜歯(1本・通常) | 2,000〜2,200円 |
| 口腔外科での抜歯(1本) | 50,000円 |
| 歯ぐきを開く処置(フラップ・1本) | 5,500円 |
| 奥歯を全部抜く | 200,000円 |
| 全部の歯を抜く | 250,000円 |
| 口鼻瘻管の手術 | 60,000〜100,000円 |
歯周病が進むというのは、こういうことです。歯磨きの時間を毎日3分惜しんだ先に、この表が待っている。数字にしてみて、僕は素直にこわいと思いました。ペット保険で歯科処置がどこまで見てもらえるかは会社によってかなり違うので、加入を考えている方はペット保険は必要かもあわせて読んでみてください。
なお、歯石が付いてしまったあとに気になるのが毎日のごはんです。柔らかくすべきなのか、いつ硬さを戻すのか、歯を抜いたあとは何を食べさせるのか。そこは犬の歯周病になってからの食事に、論文とガイドラインをあたって別にまとめました。
週1回では足りないことが、比較試験でわかっています
「毎日が理想」とはよく言われますが、じゃあ週1回ではどうなのか。ここを実際に比べた試験があります。
ハーベイらが2015年に発表した研究は、ビーグルを対象に、毎日・1日おき・週1回・2週に1回・磨かないの5グループに分けて28日間観察しました。結果は、毎日または1日おきのグループだけが、週1回・2週に1回のグループより統計的に意味のある差をつけました。歯垢と歯石のたまり方も、もともとあった歯肉炎の程度も改善しています。論文の結論は「毎日の歯磨きを推奨する」でした。
対象がビーグルなので、そのまま全部の犬種に当てはめられるわけではありません。それでも、週1回と毎日の間に線が引かれたことははっきりしています。週末にまとめて頑張る方式は、たぶんうまくいきません。
日本の飼い主350人に聞いた調査(株式会社エイト)では、歯磨きの頻度はこうなっていました。
| 頻度 | 割合 |
|---|---|
| 毎日 | 28% |
| 週に数回 | 26% |
| 週に1回 | 13% |
| 月に数回 | 6% |
| 月に1回 | 4% |
| 年に数回 | 15% |
| 全くしていない | 8% |
比較試験で有意差が出た「毎日か1日おき」に届いているのは、多く見積もっても半分くらい。そして週1回にも届いていない人が33%います。3人に1人です。ここに自分が入っているかどうかは、たぶんこの記事を開いた時点でだいたい分かっているんじゃないでしょうか。
うちは寝る前のお手入れの流れの中で、3分だけ磨いています

最後に、うちがやっていることを書いておきます。特別なことはしていません。毎晩寝る前、目元のケアとブラッシングをまとめてやる流れの中で、3分ほど歯を磨く。それだけです。
単独の予定にしないことが、続いている一番の理由だと思っています。「寝る前はお手入れの時間」と決まっていれば、忙しい日でも流れで手が動きます。歯磨きだけを独立した予定にすると、疲れた日に必ず飛ばします。
もうひとつは、完璧を目指さないこと。全部の歯をきれいにしようとすると犬も飽きるので、今日は前歯、明日は奥歯くらいの気楽さでやっています。動物病院で口の中を見てもらったときも、今のところ問題ないと言ってもらえています。毎日ちょっとずつでも触っている効果はあるのかな、と思っています。
道具は指サックタイプのブラシから始めました。歯ブラシより刺激が少なく、指の動きがそのまま伝わるので加減しやすいです。
歯磨き粉を使うなら、人間用は絶対に使わないでください。犬は飲み込んでしまうので、犬用のものを選びます。ビルバックのC.E.T.は動物病院でもよく置かれているもので、うちは検討している段階です。
どうしても口に手を入れさせてくれない場合は、ごはんにかける粉末タイプという手もあります。歯ブラシの代わりにはなりませんが、何もしないよりは、という位置づけです。うちもパフィがチュールに混ぜれば粉も食べる子なので、いつか試そうと思って調べているところです。
粉末タイプの選び方は犬のデンタルケアふりかけに、フードで補う考え方は犬の歯石予防フードにまとめています。どちらも「歯ブラシの代わりにはならない」という前提は同じです。噛ませるほうがどこまで効くのかは犬のデンタルガムの効果に、認定の合格ラインと論文の実測値を並べました。4つの手段をまとめて見比べるなら犬の歯磨きの代わりになるもののほうが早いです。
そして、いま歯ブラシで格闘している方へ。原因はたいてい、歯磨きそのものではなく口を触られ慣れていないことです。手順は犬が歯磨きを嫌がるときの慣らし方に4段階で書きました。パフィも、口の中をウェットティッシュで拭くところから始めています。すでに口のにおいが気になっている方は、犬の口臭対策のほうが近道かもしれません。
歯磨きをしないとどうなるか。答えは「2日で歯石になり、そこから先は全身麻酔と数万円から数十万円の世界に入る」です。逆に言えば、毎日の3分で入らずに済む世界でもあります。今日の夜、口のまわりを触るところからでいいと思います。









